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ゴールデンウィーク後半の5連休、出かける予定がない。毎日晴れているのにボクシングをみたり室内でポーカーばかりというのも何なので、再び印旛村の成田新高速・北千葉道路の工事現場に向かった。
印旛村中央公園に車を止めて、歩き始める。国道との交差地点は地下を鉄道が走る立体交差の形で路面部分がほぼ完成し、すでに複線の線路が引かれているのが見える。もちろん、信号や電線その他電気系統はこれからになるが、このあたりの区間はほぼ完成に近づいている。
ここから人や工事車が見えなかったので、連休中で工事は休みだと思い、工事現場に沿って細い道を入って行ったのだけれど、印旛沼に出るあたりはまだ工事中で人がいた。行き詰ったら立入禁止区域をショートカットしようと不埒なことを考えていたので、思わぬ遠回りを余儀なくされてしまう。
今年の正月と比べて、成田高速鉄道が走る高架部分が長くなっていた。作り始めだった印旛沼の渡河部分は、すでにきちんと鉄橋が完成しており、その両側にも高架部分がつながっている。田園地帯を分断する無粋なコンクリートの境目が、印旛日本医大駅から印旛沼まで、すでにできあがっていた。
イメージ的には、吉大桜のある山と、印旛村中央公園のある山の間にある谷が、昔は全部田んぼであったものが、ほとんど全部線路と道路予定地のために埋め立てられてしまったような感じである。それでも、残された水田に水が張られ、今年の田植えがまさに行われているのだった。
電車だけならともかく、成田空港に直結する北千葉道路が完成すれば、間違いなく交通量は多くなる。そのときこの水田が稲作を続けられる環境にあるのかどうか。
江戸時代には新田開発を夢見て、田沼意次が干拓を計画した印旛沼。実際に水田として整備されたのはずっと後の明治時代以降になる。その水田が、その役割を終えて道路と線路になる。それらが本当に必要なものとして長く利用されることを祈るばかりである。
[May 7, 2009]
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