日航ポルノ事件 |
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1JAL(日本航空) ポルノ事件 私は日本航空(JAL)に抗議文を送った過程で、今までにJALが私にどんな卑劣な事をしたかをこの世に公開いたします。 全世界の人々を相手に営業をしているJAL航空社がソウルのカンナムにあるノボテル・アンバサダーホテルで3泊4日間泊る間、空き部屋には立派な武器を作っておいて、私が通う教会にまで数百人の組織を入り込ませ、信仰生活のできないようにいろんな手段を動員して教会を最悪の状態にし、私がやってる事ごとまたは私がしようとする事すべてを妨害し私を埋葬してきました。 7年間、24時間いつの時間にしても、決して1秒も逃すことなく私を監視し、あとをつけながら人々を繋がらせ知能的で隠密な方法を使い彼らに接近し、名誉毀損、人格冒涜、そして最終的には卑劣な方法で作っておいた武器を振る舞いながら私を孤立させ、脅迫してきました。 私の戸籍と身元調査はもちろん遠い親戚まで秘密裡に調査し、最先端装備と多くの人力を動員して「ごまめの歯ぎしり」がするようなことをやめませんでした。 JALの組織は私に自殺することを慫慂します。 わたしは自殺しません。 私が急に死んだり行方不明になったら、それはJAL私の仕業でありますので全世界の人々に今までのJALの行跡を知らせて下さい。 JAL事件がこんなに大きくなったのはJALが恥知らずであくどい事をやめることなくずっとやってきたからです。 JALが本人に、7年間という歳月の間に投資した物々しい人力と経費、、、 乗客を運んだ純益で充当したでしょうか? JALに抗議手紙を送る人々に対するあのフルコース、、そして周りの人達まで人質として捕らえるためにいろんな事をするJAL、、、 とても多い文章をシリーズ形式にして、JALの奇想天外で卑劣な事をすべて公開します。 2<JALに呪いを!!> その当時、私はJAL乗務員の心からの謝罪文なしには乗務員達の行為に対して理解も許すこともできなかった。 99年12月23日 JALの方から被害金150万ウォンでこの事を合意しましょうと言った時、私は乗務員の謝罪文なしにはこのお金は受け取られないと言った。 しかしJALは私をまるで「お金をもっともらおうと、、、」する人にしていった。 JALはホテルの職員としめし合わして武器をつくっておいて、この世の中にはこわい物のないように果敢に、私に横暴、脅迫、精神暴力を振り回してきた。 JALはますます得意絶頂になった。 ホテルの部屋にあった個人の所有品、彼氏の外見までJAL組織の人が掲示板に持ち出して何ヵ月もの間そのことを主題として世論を作っていった。 JAL組織らは、部屋に一緒に泊った男が、、、に絞っていった。 私の彼氏が受ける衝撃を懸念して持ち越していったが、結局は彼氏に知らせ、ホテルに知らせた。 JAL組織らが通信、インターネットで数年間やってきたノーハウを足掛かりに数千人の教人と牧会者の指導者らを抱き込んで入ってきた数百人のJALの使い者、関連者達と聖殿で準備しそしてスタート!それと同時に2004年の始めから終りまでずっと大乱が起きた事。 2005年5月24日 日本のサイトに文章を掲載しJAL組織がわたしの首を絞めた事。 JALは将来の設計図まで完璧に見通しながら「完全犯罪」を夢見た。 JALは抗議文を受けた初期にすぐ盗聴に取り掛かり、あとをつけならが卑劣な事を今まて続けている。 JALは必ず災難と呪いを味わうと思う。 日本では顧客(消費者)が抗議文を送り、不平を言ったら全ての企業がJAL(日本航空)のようにこんなに野卑な方法で対処するのかを聞いてみたい。 7年間JALを経験しながら、私は日本が怖くて歯ぎしりがする。 3<JALの首を絞めろという指示があったのか!!> 2005年5月24日 この日の昼インターネットカフェに行きJAL抗議書1、2を日本のサイトに掲載した。 そして20〜30分歩いてサウナに行き、夜の9時30分に出て家に帰る途中後ろから誰か首を絞めてきたので、振り向いたら20代の見知らぬ男が左手には携帯電話を持って話しながら、右手で私の後ろ首を絞めながらついてくる。 私はすぐ身を引いて近くの横断歩道に立っていた知らない男に (あの男が私のあとをついてきて私の首を絞めた。わたしはアンチJALホームページを持っている人だけど、家の外に出たらこんな人たちが7年目ついてきている。 110番に知らせて下さい。)と言ったら、首を絞めてきた男は逃げる所か泰然に私に近寄り目を怒らして私を見つめる。 卑劣なJAL!!!相手にできないJAL!!! 2005年3月3日 本人のホームページが日本のサイトに掲載されてからは国内通信、インターネットに、JAL組織らが本人を攻撃した文章がいきなり消える反面、JAL便利屋の人々が露骨的そして果敢に精神病を持っている人のようにわたしに接近する。 2005年3月 家の近くのバス停に立っていたらみすぼらしい格好の60代の男が私のそばを通り過ぎながら私を見つめ 「なんとか、、なんとか、、汚いまねをしたのか?」と言って泰然に歩いていく。 私は前の方は聞き取れず後ろの方だけ聞いた。 その男が精神異常なのかと思い消え去るまでずっと見ていたが、他の人には何事も言わず歩いて行った。 去年インターネットカフェに現れたが、JALの使い者と覚えている。 私を汚い女、紊乱な女にしていくのがJALの特徴である。 何日か過ぎた4月。40代後半の見知らぬ女が道で私を見掛けると満面にほほえみをたたえて雄々しく「功徳の多い顔ですね、、、月曜日にお会いしましょう。」と言って消える。 3日後、、見知らぬ40代の女がトイレの中までついてきて友だちが私に言った言葉をその場でオウムのように真似して、用も足さないまま泰然と出ていく。 私の友だちはびっくりして「なあ!あのおばさんなに?私の言った事をオウムみたいに真似するよ。」 JAL 本当に相手にできない。!! 4<JALの電話盗聴と怪電話始まる> 1999年6月20日 JALに1次日本語翻訳抗議書を送り(本人の住所、名前、電話番号記載)「JAL乗務員の謝罪文は送れない」という皮肉っている日本語返信をもらう。(99年6月29日) 2次韓国語抗議書(99年7月7日)送る。翻訳はあとで別途にしておいた。 JALの2次返信をもらう。1次は同じような内容(皮肉っている様子と謝罪文は送れないという内容) 99年7月5日 初めて変な電話がかかってきた。 20代の男性が「もしもし」「もしもし」と言って切ってしまう。 二日後からはベルが鳴って出たら私の声だけを聞いて切ってしまう。毎日、一日3〜4回。 7月の中旬からは本格的に朝から深夜まで20代〜40代の男女数名が一日5〜10回ほど電話をかけ男の名前を言って代ってくれって言ったり主人に代ってくれっていうか、私の声だけを聞いて切ってしまう。 電話のベルで家の中が一日中うるさくなった。 この家に男(夫)がいてるのか、家族は何人なのか、一人暮らしなのかを知ろうとしてやったと思われる。 JALのLee(イー)部長と6月から通話をしていたが、Lee部長が私に 「電話を盗聴します。」と言った。 私はなんともなく聞いたが、ある日、急に盗聴されているという直感がきた。 怪電話を一日中かけるくらいだから、盗聴などできないものでもない。 私は99年8月に、他の地方に何カ所か電話をかけ 「明日の昼12時にM町J郵便局に行き、JALに送った抗議文を数十カ所に送る」と言った。 次の日、私は家で着ている服装のままその時間に M町J郵便局に行った。 人々は楽な服装で、手に郵便物を持って窓口に向かう人、、 切手を貼る人、、ユニフォームを着ている職員達まで、忙しい様子が一目に分かった。 私は大きな円型テーブルの前に立って数十通の黄色い書類封筒にステッカーを貼っていた。 しばらくしてから、頭をあげると私の真ん前に40代と見えるネクタイに背広を着た男の人が背広の上着を左手に掛け持って本人の手が動いている黄色い封筒をよく見ていたが、私と目が合った途端、目を受付の窓口の方にそらした。 何気なくステッカーを貼りながら、再び頭をあげたらその男がまた本人を見ていたが、その瞬間受付の窓口の方に目をそらす。 その男の目はきらきら光っていて目玉は鋭く動いている。 その男は一人で神経戦に没入している。 私は郵便物を受付た後、噴水の方の階段を下り、下に着いてから振り返って見たら、その男は私の後ろを息を切らしながら着いてきたが、私が振り返るとそれと同時に止って目線をそらして、何か深刻そうに考える。(違うよ、、この女はそんな文章(抗議文)を書いた女じゃない、、) その男は気を取り直して再び私を見つめたが、また目線をそらして再び何かを深刻そうに考える。(違うよ、、この女、、飛行機も乗ったことなさそうな女だ、、) 間違っていると判断したのか、階段を急いで上がったが途中で止って再び私を振り返り、そして私に何か言おうとして近づこうとしたが(また、、違う)諦めたような表情をして急いで階段を上った。 その男の雰囲気がサービス業(JAL)に携わっている人のようだった。 99年9月16日 JALがある機関の手紙をもらってからソウルに来た。 朝鮮ホテルの喫茶店カウンターで、Lee部長を探したら実際に私を会わねばならない Lee部長は背を向けて座っていて、韓国人4名(男3 女1)は私を真正面に見れるように座っている。 Lee部長が連れてきたみすぼらしい身なりをしている韓国人達を対面した瞬間、解決士、便利屋の職員であるかも知れないと思った。 その韓国人4名は、あとの対話の席には参席しなかった。 5<地下鉄 私の隣に知らない30代 男> 9月にJALのLee部長に会ってからのことだった。 家から5分ほど歩いて地下鉄に乗った。 しばらくしてから、私の隣の席が空くとある男の人が来て座る。 しばらくしてから、この男はビニール袋からレコード盤を取りだしレコード盤の表面と文字が私の方からよく見えるように私の方に完全に向けてしきりに私を見つめる。 私があまり反応を見せなかったので、その男はそのレコード盤をもっと私の方に押し付ける。 私が下りるとこの男も一緒に下りて私のそばにつく。全然知らない男が、、 私は歩行を遅くしてこの男から離れた。 この男はゆっくり歩きながらしきりに振り返り、私を見る。 私は方向を変えて他のところへ行ってしまった。 私がその直前、知人に電話で「レコード盤購入が難しくなるから、あるレコード盤を買っておこう」と何回か話していた。 この男が私に見せたのが、私が買おうと言っていたそのレコード盤であった。 |
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まだ読みますか?<YES/NO>| これを読まなきゃ分からない。もともとの抗議文を読みますか?<YES/NO>
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