コリン「あなたの体は9割が細菌」  
  

アランナ・コリン「あなたの体は9割が細菌」

以前書評で採り上げた「土と内臓」は、土と同様に内臓も微生物が住める環境とすることが望ましいという内容だったが、この本はさらに過激である。人間の遺伝子が体内において占める比率は10分の1であり、残り90%は微生物の遺伝子で、それが人間のさまざまな調節機能をつかさどっているという。

2015年刊行で、原題は"10% Human"。いままでの認識では、われわれの体内においてさまざまな調節を行っているのは人間の遺伝子に基づく情報であり、具体的には自律神経やホルモン、血液や免疫系の働きによって生活していると思われてきた。ところが実際は、人間の遺伝子(ゲノム)だけではできないらしいのである。

微生物ということでよく例にあげられるのが牛である。牛は基本的に草食で、牧場や草原に生えている草を食べてあれだけの体を維持している。ところが、牛自体に草を消化する機能はない。それを行っているのは微生物で、牛の消化器に住み着いた彼らが草を消化して牛に栄養素を供給しているのである。

人間も、ヒトの遺伝子として栄養吸収を行っているのは小腸までで、大腸には消化吸収の機能はほとんどない。だからかつては、大腸など不必要と考える専門家が多くいたし、盲腸など進化の過程でいらなくなった機能が残っているだけとわれわれは習った。ところが、大腸も盲腸も、微生物の住処として、たいへん重要な役割を果たしているらしい。

 

致死性の伝染病がほとんど姿を消した現在、人類の健康上最も大きな脅威となっているのは「二十一世紀病」といわれる諸疾患である。肥満や糖尿病、花粉症から関節リウマチまで幅広くある免疫疾患、自閉症などの精神疾患。それらは感染症が少なくなったから目立つだけでなく、先進国といわれる国々において統計的に有意に増えている。

感染症・伝染病には病原菌やウイルスといった原因があったが、お互いにあまり関係なさそうにみえる「二十一世紀病」に共通の原因はあるのか。それを調べるうちに、どうやら腸内環境の変化によって住み着いている微生物の構成が変わり、本来必要とされる機能が果たされなくなった可能性が大きいことが分かった。

花粉症が大流行した際、これは人間の体内に寄生虫がいなくなったことが原因だとして、わざわざサナダムシを体内で飼った医師がいたが、そんな大きいものでなく微生物だった訳である。花粉症くらいなら対症療法が可能だが、アトピー性皮膚炎なら、膠原病ならどうか、自閉症はと考えると、対症療法では限界があることが分かる。

人間の場合は無菌室で育てることができないから実験できないけれど、マウスはそれができて、腸内にまったく微生物がいない無菌マウスを作ることができる。無菌マウスにある微生物を植え付けるとそのマウスは必ず太るし、ある微生物では必ず痩せる。食生活も体内の代謝もマウスの遺伝子ではなく微生物が操作しているらしい。

そして 「二十一世紀病」の発端を調べると、どうやら第二次大戦直後がそのタイミングで、米国において肥満人口が急激に増えだしたのはその時代からである。肥満というと食べ過ぎとかジャンクフードに原因を求めることが多いが、どうやらそれだけではなく、腸内微生物の構成が変わったのがその時期らしいのである。

著者は、大きな原因が抗生物質の乱用にあるのではないかと考察している。抗生物質により多くの感染症が絶滅したけれども、本来は必要ない人にも抗生物質を処方する例が増えた。

たとえばウィルスには抗生物質は効かないが、ほとんどの医師はウィルス疾患に抗生物質を処方する。食肉用の家畜や養殖魚にも抗生物質は与えられているので、避けようとしても避けられない。

いまや 「二十一世紀病」は先進国だけでなく、発展途上国のいくつかに拡大している。これは、食糧事情の向上、衛生環境の改善が、むしろそうした疾患を増やすことになっている可能性がある。

世の中がそう動いている以上避けられないことだとしても、手の打ちようがなくなるまでにできることはないのか。すでに先進国では、健康人の腸内物質を移植するところまで来ているらしいが、それは難しくても、微生物が腸に住みやすくなるよう土壌を整えること。規則正しい生活(日光)、運動(土地を耕す)、食生活の改善(肥料)は有効なようである。

[Aug 30, 2024] 

腸内微生物が人間に及ぼしている役割は小さくなく、二十一世紀病と呼ばれるアレルギー等の免疫疾患や自閉症などの精神疾患も、微生物の組成が変わったことが原因と考えられるという。


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