山中TKO負け    ネリドーピング陽性    ドーピング騒ぎと帝拳の将来
最大のルール破りは誰か    カネロも陽性


山中TKO負け

WBC世界バンタム級タイトルマッチ(2017/8/15、京都)
ルイス・ネリ O TKO4R X 山中慎介

世界的にほとんど無名の挑戦者で、技術的にも負ける相手ではなかったように思われるが、それ以上に山中の衰えの方が大きかった。内山に続いて長きにわたって日本ボクシング界を支えてきたチャンピオンが敗れるのは寂しいが、ともあれお疲れ様でしたの言葉を送りたい。

この一戦は、結果にかかわらず感想をupするつもりはなかったが、WEBをいろいろ見ているとストップが早かったのではないかという意見が多くあるようなので、その点について書いてみたい。

まず、セニョールが「最悪のストップ」と言っているようだが、最悪のストップとは救急車で運ばれるケースであり、ボクシングに関わる者として恥ずかしい発言であろう。村田の時もそうだったが、自分が業界を牛耳っているからといって、自分の言うことがすべて通ると思うのは老害である。まあ、この人には何を言っても始まらない。相手にする方が悪いのである。

そして、問題の4ラウンドまでの展開はどうだったのかというと、私の採点は1Rから3Rまですべてネリである。2Rゴングと同時の左を評価すれば2-1ネリになるが、いずれにしてもネリがリードしていたとみている。その原因は明らかに山中の距離の取り方にあった。

ネリの射程外に立つという当り前のことができておらず、フットワークもほとんど使えなかった。せっかく右ジャブをネリが嫌がっているのだから、ある程度打ったら距離をおいていなすということができれば何の問題もなかった。ところが、左を決めようという意識が強すぎて、いつまでも至近距離にいるものだから反撃のフックを食らうことになる。

山中の武器は長い距離からのストレートであって、何度防衛してもそれ以外の品揃えはできなかった。カウンターもそれほど得意ではない。だから、自分のストレートは当たるけれど相手のフックは当たらない距離に立つことはきわめて重要だし、それより近ければリスクは飛躍的に高まる。

大体、「神の左」などというキャッチが大げさすぎるのであり、サウスポーの主武器が左ストレートなのは当然のことである。チャンピオンとして圧倒的な存在感を示すためには、それ以外の武器、出会い頭の右フックなり位置取りの巧みさなり華麗なフットワークなりを磨く必要があったのだが、山中には残念ながらそれはできなかった。

ストップが早いかどうかの問題だが、あのケースでガードを上げられず、クリンチもできず、ロープ際でふらふらして有効な反撃もできなければ、タオルが入らなくてもレフェリーが止める。効いてないというのならクリンチして逃げろということである。クリンチもできないのなら、止められても文句はいえない。

もう一つ、山中だけでなく何人かの日本人チャンピオンが勘違いしていると思うのは、スリッピングアウェイは防御として評価されなくても仕方がないということである。スリッピングアウェイは相手のパンチのダメージを逃す技術であるが、当たっていることは当っているのである。

即座に反撃に移れればともかく、攻撃を受ける一方の展開で、いまのはスリッピングアウェイしているから効いていないなどと主張しても、本人が思っているようには他人は思ってくれない。本来は足を使って当てさせない、ガードして明らかにディフェンスしていることを示さないと他人には分からない。俺は打たれ強いから効かないと言っているのと同じである。

試合が後半に持ち込まれて、ダメージが蓄積されなかったので動きが落ちないですんだというのならともかく、相手のフックをガードなしで受けているのに、あれはスリッピングアウェイでしたなどと言ったところで始まらないのである。

もちろん、セコンドはあの状態になる以前の3Rをみて、山中の反応がおかしいことは分かっていてストップを要請したはずで、30代半ばの年齢を勘案すれば、ストップが早すぎるとはいえない。ガードなしで相手のパンチをまともにもらって、深刻な後遺症を残すことの方がセコンドにはおそろしいことである。ボクシングは格闘技なのだから。

ネリ、A検体でドーピング陽性!

とんでもないニュースが飛び込んできた。さきのWBC世界バンタム級タイトルマッチで山中をTKOで破ったネリがドーピング検査で陽性となったとのことである。実は私こと、現役会社員の時代にその方面の経験が若干あるので、WEB上の情報錯綜を少しだけ整理してみたい。

まず指摘しておきたいのは、プロボクシングのドーピング検査はVADA(Voluntary Anti-Doping Agency:自発的アンチ・ドーピング機構)が行っており、オリンピックや数多くのスポーツ(ゴルフやテニス、サッカーなどのプロを含む)を管轄しているWADA(World Anti-Doping Agency:世界アンチ・ドーピング機構)とは別ということである。

WADA自身はプロスポーツも含めてすべてのドーピング検査を統括したいのだが、プロスポーツのうちのいくつか(ポクシングとかNFLが代表的)はWADAの基準で罰則を適用されたら商売にならないので、別の機構を作ってアンチ・ドーピング活動を行っている。ボクシングとMMAにおいては、それがVADAなのである。

日本におけるドーピング検査の統括団体はWADAの下部団体になるJADAであるので、私自身正直なところVADAの規程・運用がどうなっているのかは知らない。それでも、アンチ・ドーピングを謳っている以上は、基本的な流れはWADAもVADAも大きくは変わらないはずである。以下、その前提で話を進めてみる。

まず、今回陽性が出たのはA検体ということである。WEB情報ではさっそくB検体の検査もするということだが、A検体もB検体も同じ試料(尿or血液)を2つに分けたものなので、A検体がクロならB検体もクロである。そして、WADAなら検査するのは日本の会社なので間違いはないのだが、VADAの場合は海外で検査していると思われる。だから100%の信頼性はない。

仮にB検体がシロだとすると前に出た結果は間違いでしたということになり、お咎めなしである。日本ではありえないことだが、海外ではなんともいえない。特にVADAの場合、WADAのように高い基準をクリアした検査機関でないので、きちんとしているかどうかは分からない。実際、A検体クロでB検体シロということがあったようである(三浦に勝ったバルガス?/未確認)。

次に、検出された違反薬物について。出たのは筋肉増強剤で、米国では食牛の飼育に使われているそうである。WEB上では試合中のネリが興奮状態にあったこととドーピングの影響を混乱している例がみられるが、筋肉増強剤と興奮剤は別である。しかし、ペナルティは筋肉増強剤の方がずっと重い。

そして、興奮剤の場合はその作用は比較的短期間にとどまる(そもそも、試合直前でなければペナルティはない)のに対し、筋肉増強剤の場合はかなり長期間に及ぶ。WADAはどのくらいの期間体内にとどまるか明らかにしていないが、少なくとも数ヵ月は体内に残留する。日本に来てから使ってないからといって、隠し通すことはできないのである。

最後にペナルティについてだが、これこそWADAとVADAの最大の違いであってVADAの存在理由でもあるので、私にはよく分からない。WADAであれば、①試合結果の無効、②賞金の没収、③出場停止がセットであって、仮に摂取経路が通常の食物といった情状酌量の余地があったとしても、③はともかく①と②の罰則からは逃れられない。

そして、A検体がクロであって免責されるのは、上にあげたB検体がシロの場合(検査の間違い)か、あるいは治療目的の薬物使用の場合に限られる。治療目的の薬物使用は生命に関わる疾患の場合に特例として認められるもので、例えば喘息の選手や、障害者スポーツでは例がある。しかし、筋肉増強剤に治療目的はありえないし(生命に関わる訳ではない)、別の日の検査でシロだったからというのは理由にならない。

ところがWADA管轄外の世界においては、必ずしもペナルティが課されなかったり、試合結果が無効とはならないケースもあるようである。NFLでも薬物規定違反の事例は散見されるが、それが原因で個人記録が抹消されたというケースは聞いたことがない。そして、チャベスJr.(マリファナ使用)の例をみると、多少の罰金はあってもファイトマネーの没収はない。

つまり、VADAにおいてはWADAのような厳密な運用はされていないのが実情と思われ、プロモーター間の力関係によるところも大きいだろう。世間一般には、オリンピックと同様にドーピング検査クロ=金メダルはく奪なのだが、あまり厳密にやると、例えば入場料返せとか、スポーツブックは無効だとか、裁判沙汰にもなりかねないのである。

したがって、過去の類似のケースで考えるのがほとんど唯一の方法になる。有名なのは先日引退表明したロバート・ゲレロが、IBFフェザー級タイトルをオルランド・サリドに奪われた際、サリドがドーピング検査クロ(ステロイド)でノーコンテストに改められた2006年のケースである。

この場合は、ノーコンテストにはなったもののチャンピオンは空位で、ロバート・ゲレロは決定戦に出て勝ちチャンピオンに返り咲いた。かたやサリドは7ヶ月後には復帰し、その後もファンマ・ロペスに勝ったりロマチェンコに勝ったり活躍していることは周知のとおりである。もしWADAの世界でステロイドでクロだったら、2年は確実に出場停止となるところである。

この例からすると、仮にB検体もクロの場合、ノーコンテストとネリのタイトルはく奪までは堅いとして、山中がどの程度救済されるかは流動的である。正直なところ、連続防衛記録なんてものにあまりこだわってほしくない。ネリはランキング1位だったから、決定戦にするにしても相手が難しいし、セニョールの「WBCでやらないからいいよ」が炸裂する可能性もある。

この際だから、もし引退せずに続けるんだったらビッグマッチがいいと個人的には思う。

[Aug 25, 2017]

ネリのドーピング騒ぎと帝拳の将来

ネリのドーピング検査陽性について、ようやく一応の結論が出た。B検体もクロで、ネリのドーピング違反は確定。これを受けてリングマガジンが山中をチャンピオンに復活させたものの、本家本元のWBCはお咎めなし。ネリは先週末、世界チャンピオンとして凱旋試合をこなし、一方の帝拳はネリvs山中再戦に向けて動きだしたようである。

ドーピング検査のあらましやB検体とは何かについては過去記事を見ていただくとして、やはりVADA(自発的アンチ・ドーピング機構)というのは業界ご用達機関であって、建前はいろいろ言っても結局商売=カネ儲けがその上に位置するということである。検査がクロで試合結果はそのままなどということは、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)ではありえない。

私が想像するにこの結果はWBCとかスレイマンがやったことではなく、帝拳がゴリ押ししたものである。セニョールが、「ネリは直接山中と再戦させよ」と頑なに主張するものだから、本来あるべきノーコンテスト→王座決定戦の筋書きが使えず、グレーなままネリをチャンピオンにしておく必要があった。WBCとしては、ノーコンテストの方が楽だしスポーツ界に対して説明がつくのである。

繰り返すが、この結論は世界のアンチ・ドーピングの流れからみるとありえないことである。故意か過失かは罰則適用の際に考慮されるとしても、試合結果の無効と名誉・賞金の没収はドーピング罰則の大前提であり、それをしないのであればそもそも検査をしなければいいという話である。アンチ・ドーピングは公平性の確保と選手の健康管理が目的であって、それらは商売に優先するというのが、きれいごとではあるがスポーツ界の共通認識である。

帝拳のやっていることも、せんじ詰めればネリvs山中再戦により商売をしようということであって、山中の過去の実績とか、いかにダメージを残さず引退した後の生活を送らせるかということを考慮したものではない。もちろん、アンチ・ドーピングの理念とか世界的な趨勢なんて考慮の外である。

アンチ・ドーピングの理念からすると、ドーピングをするような選手とは付き合わないというのが当然であって、また日本に呼んで試合させファイトマネーを払うというのは論外である。一度こういうことをすると、日本のボクシングはドーピングに甘いという定評が立つし、ここ一番でドーピングしてでも勝とうという選手への抑止力が全く働かない。

「天網恢恢疎にして漏らさず」という。こういうことをやっていては、絶対に長続きしない。いまや業界を牛耳っている帝拳であるが、登ったものは必ず沈む。セニョールのやっていることは沈むものをもっと早く沈めようというもので、いうなれば自分で自分を引っ張っている、重しを付けて泳ごうとしているのである。

試合後には、「あのストップは何だ。最悪のタイミングだ」とのたまわったというし、セニョールの老害も許容範囲を超えてしまったようである。1947年生まれというから私より10年歳上だから、普通ならそれほど老け込む歳ではないのだが、長年「会長、会長」とおだて上げられて脳の柔軟さが失われてしまったのだろう。お気の毒なことではある。

帝拳というと今の世代は昔からずっと大手の名門ジムのように思うかもしれないが、それは日本テレビと組んだからそういう印象になるので、「野球は巨人、司会は巨泉」と変わらないイメージ操作である。われわれの世代にとって大場政夫が帝拳所属の永遠のヒーローだが、大場はセニョールがジム経営に関わる前のボクサーである。

大場が自動車事故で急逝した後、浜田剛史(WOWOW解説の浜田さんである)が世界チャンピオンになるまで13年、浜田さんが陥落してから西岡がチャンピオンになるまで20年、帝拳には世界チャンピオンがいなかった。だからリナレスとか死んだエドウィン・バレロを日本に連れてきたのだが、プロモーターとしてはともかくジム経営者としてそれでいいのかという印象があった。

そういう過去の歴史を見てきた目からすると、セニョールの老害ぶりは目を覆うばかりである。そもそも、ボクサーの引退云々は本人が自分の体力やモチベーション、引退後の生活設計等々いろいろ考えて決断するものであって、ジムのオーナーが口出しすべきことではない。プロモーターとして誰と戦わせるかマッチメークする権限はあるが、それだってファンの要望・期待が裏付けである。

ジムの経営者の本旨として、本人が故障なくボクサー生活を送ること、引退後も支障なく生活することが最優先であって、カネや名誉は二の次三の次である。名前はあげないが昔も今もボクサー時代の後遺症に苦しんでいる者は多いし、そういうことを少なくしようと前日計量になりストップも早くなったのである。

そうしたボクシング界の趨勢をみて、翻ってセニョールの最近の言動をみると、帝拳の栄華もそう長いことではないように思う。村田がヌダム・ヌジカムに勝ったが本人も分かっているとおり本当のチャンピオンとはいえないし、GGGやカネロと戦うことなどできないだろう。チャーロ兄にだって粉砕されそうだし、エリスランディ・ララとやれば完封される可能性が高い。

それ以上に深刻なのは山中に続く世代が出てこないことで、五十嵐だって山中とそんなに歳は変わらないし、また西岡とか三浦のように他のジムから連れてくるつもりだろうか。まさかTBSの井岡という訳にもいかないだろうし、大橋ジムとかワタナベジムの方が人材が揃っている。

いまや井上尚弥が、ファイティング原田、柴田国明以来の階級最強ボクサーとして世界的に脚光を浴びつつあり、もしかするとパッキャオとはいかないまでもドネアくらいにはなるかもしれない。こういう大切な時期に、親からジムを引き継いだ苦労知らずが、商売がうまいからといってオールマイティのような顔をして威張っていると、ろくなことにはならないと思うのである。

そして、これからボクシングの世界に入ろうという新鋭が、選手個人の意見やトレーナーの意見をないがしろにするジムに果たして入りたいと思うのかどうか。そうでなくても、MMAやキックボクシングの方に関心を持つ若者はたいへん多い。護身術・格闘技としての面白さからいっても、それらの競技の方が魅力的だからだ。

まあ、私自身も残り少ない人生であり、帝拳の凋落はともかくボクシングの凋落までは見ずにすませたいものである。

[Nov 6, 2017]

山中vsネリ、最大のルール破りは誰か

山中の試合については予想記事も書かなかったし、TV録画も結果が分かってから見た。このまま素通りするつもりだったが、コメントもいただいたし報道・WEBの論調とは全然違う考えであるので、忘れないうちに整理しておきたい。

この試合でネリの掟破りが非難されている。私に言わせればマナーも良くないし勝つために手段を選ばないのは「アンスポーツマンライク」「トーンティング」で15ヤード罰退2発である。とはいえ、リング上でボクシングルールを破った訳ではないので退場処分にはならない(亀2とは違う)。この試合で最大のルール破りは、私が思うに山中本人なのである。

セニョールの「ネリと直接再戦以外は受け入れない」という発言は、額面通り受け入れることはできないにせよ、山中本人の意向がかなりの部分反映されていることは間違いなかろうと思う。その意向の背景となっている考え方は、端的にいえば「この前の試合は負けていない」「ドーピングなんて関係ない」「もう一度やってぶちのめす」ということだったのではないだろうか。

最も分かりやすいのは最初の「この前の試合は負けていない」である。私はあの場面でストップを要請するのはセコンドにとって当然と思っている。百歩譲っても、止められても仕方がないというところまでである。「セコンドは責めないがまだやれた」などというのは、実際には責めている発言である。

前の試合のVTRを見て負けだと思わなかったとしたらボクサーとしてどうかと思うし、トレーナーはなぜついているのかという話である。少なくとも、距離をつぶされて有効な反撃もできなかったことを踏まえれば、直接の再戦はありえない。弱点を修正してチューンナップマッチで試運転してから再戦しなくてはならない。

だが、実際にはネリはドーピングして勝った。この場合、山中としては、どんなに再戦してぶちのめしたくとも、そういう選手とは試合しない、日本のリングには上げない(少なくともそれなりの処分をした後でなければ)と考えるべきであり、それ以外の選択肢はない。それは、ボクシングを含む「スポーツ界全体の統一ルール」であり、それに従わないということは自分がドーピングしたのと同じことなのである。

実際、セニョールと山中がそうしようと思えばいくらでもそうできた。ネリがB検体陽性の時点でノーコンテスト&王座空位という推移が当然であり、実例もあるのでWBCとしても受け入れるのに全く問題はない。そうでなくては、ドーピング検査など最初からするなという話だし、ドーピングに情状酌量の余地が入るのは処分期間の長短だけである。

仮に、WBCが処分できないと言ったとしても、そういう選手は日本に入れないということはできたはずである。ところが、セニョールはそうしなかった。状況から考えて、少なくとも山中がネリと戦いたいと言ったということだろう。そこには、さきほどの2つ目の要素「ドーピングなんて関係ない」という考え方があったのではないか。

ここには、日本のアンチ・ドーピング教育の良くない点もあるのだが、わが国のアンチ・ドーピング・プログラムでは「フェアプレイに反する」「体に悪影響がある」だからドーピングはやめましょうというメリット・デメリットの論法をとっている。だが、ここで欠けているのは、ドーピングの効果はたいへんに大きく、ドーピングすれば勝てる(場合がある)という事実である。

考えてみてほしい。ベン・ジョンソンは他の選手が9.9秒台の時にひとりだけ9.8秒台で走ったし、ドーピングによって、重量挙げで数kg、ハンマー投げで数mも記録が伸ばたのである。アームストロングはツール・ド・フランスを7回制覇した。ドーピングというのは、結果を左右するほど効果が大きいのである。

スポーツに限らず自分の体で考えたって分かる。薬を1粒飲んだだけで高熱がおさまり、花粉症の鼻づまりがなくなり、血圧が下がり、いらいらして眠れないのが一発で睡眠できるのである。薬の効果は努力とか精神力が及ばないものがある。「ドーピングなんて関係ない」というのは、アンチ・ドーピングに反しているだけでなく薬の効果について無知なのである。

だからこそ、ドーピングには"No"を言わなければならない。前後関係から推察すると、ネリが意識的にドーピングしていた疑いはかなり濃厚で、その薬は減量に効果があるものだったと考えられる。同じメキシコのドーピング違反者、サリドやベルトランがその後階級を上げていることからみても、そういうノウハウを持つ者が誰かいたのだろう。

そういうボクサーをおとがめなしにしただけでなく、日本のリングに上げてしまった。これはスポーツ界全体のルールに反する大きなルール違反であり、今回の試合をめぐるさまざまなルール違反の中でも最大のものである。(このあたり、報道でもWEBでも指摘する人はほとんどいない)

しかし山中は直接再戦の道を選んだ。これは山中本人が「もう一度やってぶちのめす」と思ったからである。ルール無視の果し合いの場に立たされたネリにとってみれば、黙って殴られる訳にはいかない。無理にウェイトを作ってまともに食らえば、それこそ命にかかわるからである。ドーピングが使えなければウェイトオーバーというのは、その意味では必然である。

実際には山中の衰えがひどくて、ネリが無理にウェイトを作ったところで結果は同じだったかもしれないが、そんなことはやる前には分からない。ネリにしてみれば、ともかく万全の体勢で試合に臨むことしか考えられなかったはずである。

そして、ウェイトオーバーの罰則のない契約はおかしいという論調があるが、忘れてはならないのはこの試合はネリの防衛戦であって、契約上チャンピオン有利になるのは仕方ないということである。繰り返しになるがそうしない手段はいくらでもあった。前の試合をノーコンテストにすればネリはチャンピオンではないし、そもそも日本のリングに上げてはならない選手である。

そのあたり、誰も山中に指摘しなかったし、真剣にことの筋道を説かなかったとすれば、帝拳も末期症状である。村田あたりはオリンピックルールの知識があるので以上述べたことは分かっていると思うが、ジムの先輩であり2桁防衛の世界チャンピオンに対してそこまで言えるはずもない。山中自身もそういう指摘に耳を傾ける選手ではなかったのだろう。

「セコンドは責めないが」という上から目線もそうだし、「神の左」というキャッチフレーズを許しているところもそう。何しろ王座獲得以来数年にわたり日本国内だけで試合し、帝拳に多大な収益をもたらしてきた稼ぎ頭である。

山中は若い時から無敗で来て、挫折した経験がない。ウィラポンに何年も敗れ続けた西岡とは違う。具志堅に迫る防衛記録を打ち立てたことは立派だが、半面、誰も面と向かって耳に痛いことを言えなくなっていたのではなかろうか。まして、ほとんど誰が見ても止めるしかない試合を「まだやれた」と言われてしまうのである。

帝拳のかつての名チャンピオン大場政夫は、首都高で外車を飛ばしてスピード違反の末に事故死した。どんなに強い選手であっても、言わなければならないことを言う人は必要だし、選手もそれを聞く耳を持たなくてはならない。敗者には厳しい言い方だが、山中に「俺はチャンピオンだ。俺が正しい」という驕りがなかったとは言えないだろうと思う。

「なぜ負けたんだろう」→「ドーピングをしていたのか」→「そういう選手とは二度と関わるまい」と考えずに、ドーピング違反者との対戦を望み、それを無理やり実現した結果、ボクシング界/スポーツ界はドーピングを許さない世界から大きく一歩後退した。私が思うに、今回の顛末における最大のルール違反はこのことである。

[Mar 5, 2018]

カネロも陽性 再びドーピングの話

Fightnewsによると、カネロ・アルバレスがさきに行われたドーピング検査においてグレンブテノールの陽性反応を示した。これはゴールデンボーイ・プロモーションの声明によるもので、GBPは汚染された牛肉によるものだと主張している。

薬物こそ違うけれど、ネリと同じく汚染された牛肉が原因というところが笑わせるが、カネロほど大金の動く世界一の人気ボクサーがドーピング違反ということになると、世間一般の見方として「検査が厳しすぎるのでは」という意見が多くなるような気がする。しつこいけれども再びドーピングについて述べてみたい。

まず、カネロについて言えば、「Canelo has tested clean dozens of times over the course of his previous 12 fights. 」とあるから、仮にB検体もアウトだったとしても、誰かと違って意図的にドーピングした可能性は少ないのではないかと思う。過去12戦というと、パッキャオにもドーピング検査を要求したといわれる、あの小うるさいメイウェザー戦の前あたりからである。

とはいえ、ドーピングのアウト/セーフは意図的であったかどうかには関わらない。体内から自然には存在しない物質が検出されれば、検査の間違いでない限りはアウトであり、オリンピックであれば金メダルはく奪となる。(男性ホルモンのように体内に存在する禁止薬物もある。これについてはまた難しい問題があるのでここでは深入りしない)
 
意図的に摂取していなければいいじゃないかと思われるかもしれないが、先日の記事で触れたように、ドーピングの効果はきわめて大きく、それが勝敗を左右することもしばしばある。そして、意図的であったかどうかの判断はきわめて難しい。だから、スポーツを公正にジャッジするためには、理由の如何を問わず検出されたらアウトというのがルールなのである。

そもそも、ドーピングはなぜいけないのか。スポーツの究極の目的は心身の能力を高めることにより、健康を維持することにある。ドーピングは心身の能力を一時的に高めるが、長期的にみると大きく損なう。だからスポーツの趣旨に反するのである。実際の戦争では、古くからドーピング行為が行われてきた(ゴルゴ13にいくつかそういう作品がある)。

プロスポーツであれば、見る側にとって面白くないということも大きな要因である。ボクシングを例にとると、グローブに細工したり、計量で不正をしたり、審判が買収されたような試合は見るに値しない。試合以前に、ボクシングの技量以外の要因によって勝敗が決まるものは見る気が起きないのである。誰も見ないプロスポーツは存続できない。

過去に数多くのドーピングによる不正事例があり、そのことへの反省、どうやったらドーピングをなくすることができるのかを試行錯誤してきた結果、現在のルールができた。それは、意図的かどうかにかかわらず検査陽性の場合は罰則の対象とする。処分期間が明けるまで試合には参加できない。そして、すべてのスポーツ選手はアンチドーピング・ルールを遵守する義務を負うということである(ドーピング違反選手と戦わないということも含まれる)。

禁止物質が体内にあった時点で失格だから、個々のアスリートは普段の食事から、摂取するサプリメントから、水から、スポーツドリンクから、口に入るものはすべてマネジメントする必要がある。 厳しいといえば厳しいけれど、こうしなければドーピングはなくならないのである。実際に、オリンピックに出るような選手はそういう注意を怠らない。

日本では、国際大会に出るスポーツ選手はコーチから、外国の食べ物や外国製のサプリメントは取るなと言われているはずだ。食物由来とか自然食品などという宣伝文句は絶対に信用しないよう教育されている(一部の漢方薬には禁止物質が含まれている)。でも、諸外国、特にメキシコのような国ではどうなんだろうか。

「やっぱりメヒコの肉は力がつくぜ」と不用意に食べてしまったならまだ罪は軽いが、「この肉には減量に効果がある成分が含まれているらしい」と分かっていて食べたらどうなのか。毒を食らわば皿までと、違反薬物を一緒に取っていないとどうやって証明できるのか。脳味噌を開いて調べる訳にはいかないから、一律アウトにするしかないのである。

さて、WADA(オリンピック)基準からするとカネロはしばらく試合できない。誰かに薬を盛られたということでもない限り、過失であっても5月の試合には出られない。しかし、プロボクシングはWADAに加盟しておらずVADA(自発的アンチ・ドーピング機構)である。VADAの対応は基本的にコミッションとプロモーター任せであり、はっきりいえば商売優先である。

だから、試合までの間に再度検査して陰性なら試合をすることになると思われる(また陽性だったらどうするんだろう)。しかし、試合前数ヵ月というタイミングで、減量に効果があるとされる禁止物質が体内から検出されたということは、意図的かどうかは別としてすでにドーピングをしていたということである。

この言い訳を認めるとすれば、これからメキシコのボクサーはすべて自国の牛肉を食べることにより、ドーピングしてもおとがめなしの特権を得ることになる。その中に、意図的に薬物そのものを摂取している人間がいないと言えるのか。行き着くところ、メキシコのボクサーは国内だけで戦うか、それを承知で対戦するしかない(だったら自分も薬を飲もうということになる)。

同じWADA加盟でないプロスポーツにNFLがあるが、NFLには選手を処分する権限があり出場停止処分にすればチームはそれに従わなければならない。ところがボクシングの場合、世界的統轄団体が4つあって単独で処分しても実効がないし、そもそもプロモーターの集まりのようなものだから、商売優先であることに変わりはない。国内コミッションだって似たようなものだ。

たかだか殴り合いに、数億円数十億円の価値を認めるからこういうことになる。改造人間コンテストみたいな試合を見せられたり、後ではく奪されるとしても不正した選手が脚光を浴びることに比べれば、後楽園ホールくらいのキャパシティで戦いたい選手とそれを見たい人だけが楽しんでいればいる方がましである。大きなカネが動かなければ、薬を使うメリットもそれだけ少なくなるのである。

[Mar 8,2018]

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