TAIPA号、テニアンを制す!  (ポーカーの奥深い世界第8話) [Sep 10, 2005]

#1 予選ラウンド

テニアン・テキサス・ホールデム・ポーカー・チャンピオンシップの初日、開始予定時間を3時間過ぎた午後7時になっても、トーナメントは始まっていなかった。後に日本にも大きな被害をもたらした台風14号の影響で3日前からテニアン・サイパン間のフェリーが動いておらず、出場予定者の到着が遅れに遅れていたからである。

結局、トーナメント出場は60人の定員に対して41名。席順抽選では4テーブルの4番席となった。1テーブル7人というショートハンドのゲームである。5000点持ちでブラインドは25-50からスタートするノーリミット。それと開始1時間はリバイ(参加費$330は同額)ありのルールである。直前のサテライトトーナメント(10人で参加費$33。優勝者は本戦の参加費免除)で優勝していたが、できるだけリバイは避けたい。いつかも書いたが、リバイでインフレを起こすと上級者有利になると思っているからである。

席に座ってみて最も気になったのは4番席の後ろがまさにギャラリーだったことである。カシノの奥のトイレ側に背を向けた席なので、カードをめくると相当気をつけていても見られてしまう。おまけに、テニアンのポーカーカードはBeeのジャンボインデックス。数字と色はちょっとめくれば分かるが、スーツはカードのまん中あたりまでめくらないと分からない。まず、後ろの人にはまる見えである。これでは、ブラフは使いたくても使えない、と思った。

各テーブルには、3、4人は知り合いがいるし、その他にも日本からの参加者は多い。最初から、地元の方々にとってはアウェイの戦いのようである。4番テーブルの知り合いは、TさんとYさん。ともに、資金力と爆発力のある方である。おそらく、序盤からビッグベットで攻めてくるはずだ。私の序盤の作戦はともかくリバイ終了まではおとなしくすること。できれば原点を若干上回れればいいが、それよりも大きな傷を負わずにリバイ終了を迎えたかった。

開始は結局8時半近く。25-50ということもあり、地元の方々はずっとコールでついてくる傾向があるので、コールが多い。私はいい手もこなかったのでフォールドを続けていたら、開始何手目かで早くもQQが来た。ここまでの相場はせいぜい300~500のレイズだが、これを無視してメイク1000のレイズ。さすがにみんなフォールドで実入りはブラインドとコール分の125点のみ。でも、それでよかったのである。

なぜかというと、私のような初級者はまず1回上がらないと、上がらないということがプレッシャーになること。フロップが開いてAやKが出てしまってからではいくら打っても誰も下りてくれないこと。加えて、「こいつは素人でいい手でしか打ってこない」と印象づけたかったからである。だから、わざわざQQをオープンして、その後も淡々とフォールドを繰り返した。結果的に序盤はこれで生き延びることができたように思う。



#2 決勝ラウンドへ進出

2周ほどフォールドで回った後だろうか、今度はKKという手が来た。1回上がっていたので、落ち着いて500ベットから入る。2人がコールでついてきた。ところが、フロップで9が3枚である。まかり間違って9など持たれていたら一巻の終わりだから、フロップ、ターンとチェックで回る。9の他はローカード。リバーで再び500。幸い初老の米国系はコールである。ローカードがひっかかっただけなら、フルハウスで私の勝ちと思っていたら、やはりそうだった。これで7000点に。

その後、AToで500をコールしたら、フロップにダイヤが3枚。残った二人とも2000打って勝負にきたが、ダイヤのAは私が持っている。ここでもう一枚ダイヤが出れば10000点を大きく超えてかなり有利になるところだったのだが、リバイ前だったので泣く泣くフォールドした。この手をいくべきだったのではないか、とその後30分以上くよくよ考えてしまった。実際ターンでダイヤが出て、ナッツだったのだ。

そうこうしているうちにリバイラウンドが終了して休憩。点数は7000点を少し下回るくらいで、考えていたゲームプランからすると順調である。ここでテーブルが4つに整理されて、あけみんさんとめぇさんが加わった。再開早々、ここで大きなポットを手にする。TTだからコールで入ったのだが、ボードに7,8,9,Jが出た。ナッツはQTだが、Jが出たのが遅いし途中でベットが入ったのでヒットしていなければ下りた公算が大きい。しかもTは私が2枚押さえている。リバーでベットしたら先ほどの初老の米国系がついてきたが、やはりQTは持っておらず私のストレートの勝利。ここでとうとう10000点の大台に乗った。

ここからは、手が良かった。1時間ほどの間に、AA、KK、JJなどハイペアが続けざまに入り、結果的にスチールになったことが多かったものの、チップはいつのまにか2万点に。テーブルが3卓から2卓になるころには2万点をかなり超えていたため、後は安全策をとっていれば決勝に残れるような状況となった。

決勝進出を決定づけたのは、残り20人を切った頃のこと、AJでメイク5000点のレイズをしたところ、チップリーダーのYumiさんにコールされた勝負である。フロップ、ターン、リバーともローカード。どうなのかな、と思って開いてみたらYumiさんはKQ。なんとAハイで10000点以上のポットを手にしたのである。10000点そこそこの人もかなりいたので、あとは無理に勝負しなかった。その結果、再びチップリーダーをYumiさんに奪われ、翌日かなり危ない状況もあったのだから、あまり横着をしてはいけないということだろう。



#3 決勝テーブル

9月4日現地時間午後4時、ファイナルテーブルに決勝進出メンバーが集まってきた。1時間前の午後3時に、すでに席順が決まっていた。ディーラー横から、以下のとおりである。

1 Lupinさん 持ち点 11.6千点(SB) 2 めぇ社長 持ち点 19.9千点(BB)
3 ポーカー侍さん    9.4千点     4 Jumboさん    22.2千点
5 TAIPA        30.8千点     6 tagamanさん  25.2千点
7 NOBUさん     14.6千点     8 Mr.ダグラス   28.7千点
9 Yumiさん      37.1千点    10 Kopaさん     15.5千点(ボタン)
[百点チップはゲーム開始前に没収、千点チップに替えた上で配られたカードが大きい順に配当。]

午後2時にカシノフロアに下りた私は、ゲームはせずに、昨日の予選で早く飛んでしまった10名によるバッドビート・トーナメントや勝ち抜き戦シュートアウト・トーナメントをみて、ポーカー脳の準備運動をした。そして、開始30分前から一人でロビーに出て、席順と持ちチップをみながらこれからの展開を考えた。再開後のブラインドは2000-4000。点数的に自分は1周見ていられるが、ゆっくりできない人もいる。開始直後に巻き込まれることだけは回避しよう、と心構えを新たにした。

位置的に、間違いなく最初に勝負をかけてくると思われたのはポーカー侍さんだったが、初手で思わぬ展開となった。BBのめぇさんが部屋から下りてこないのである。時間なので、ブラインドを没収してゲーム開始。BBがいないので、案の定ポーカー侍さんがオールインである。2人がコールして最初の勝負、難なく侍さんが押さえてあっという間に安全圏に脱出。

それからの展開は意外だった。ダントツのチップリーダーYumiさんがMr.ダグラスにつかまりチップを大きく減らす。持ちチップ3位のMr.ダグラスはあっという間に60000点を超えて圧倒的な優勢である。Yumiさんはこれを境に急激に失速してしまい、惜しくも10位でのゲームオーバーとなった。

ボタンが回って、kopaさん、Lupinさんあたりが勝負をかけなくてはならない状況となった。呼吸を整えたkopaさん、「いま」とチップをつかむと「俺の全てをオールイン!」カシノ中にオールインコールが響き渡り、拍手と歓声の嵐。その中で困ったような顔のディーラーが”Please speak English,only.”まさに、テニアン・ダイナスティが浅草橋DUKEとなってしまったのでありました。

その時は確か引分けで、再度kopaさんのオールインコール。今度は”Here are my everything,ALL IN!”とディーラーの指示どおり英語。Lupinさんもオールインで続くが、英語では気合が乗りきらなかったためか2人ともここでゲームオーバーとなってしまったのは残念だった。



#4 息詰まる生き残り戦

残り7人、イン・ザ・マネーは5人。ここからの生き残り戦はまさに壮絶だった。ブラインド3000-6000から始まって、4000-8000を経て決着は6000-12000まで、延べ3ラウンド30分以上にわたるサバイバルゲームだった。本当に、この30分で1レベル強くなったような気がする。

最初に厳しくなったのはNOBUさんだった。乾坤一擲のオールインに、めぇ社長と侍さんがコール。めぇさんはフロップでもベットして侍さんを下ろしたが、これが裏目に出た。めぇさんはQQだったが、フロップとターンでNOBUさんのK9の9が出て3カードに捲くられたのである。侍さん(A9)を下ろさなければ、キッカーの差でNOBUさんがゲームオーバーのはずだったのだ。

今度はめぇさんが厳しくなる。一時はチップ3枚(3000点)しか残らない状況となったが、オールインを2度しのいで復活する。そうこうしているうちに、侍さんに致命傷を受けたJumboさんが7位でのゲームオーバーとなった。

残り1人の決着がなかなかつかない。私は一度Mr.ダグラスとのヘッズアップでKハイフラッシュでそこそこのポットを手にしていたが(リバーでベットしなくて、みなさんに指摘を受ける。だってAが残ってたから・・・)、何周回っても決着がつかないのでまたじりじりとチップを減らす。休憩時間となり、チップ量は以下のとおり(目算なので、ちょっと違うかもしれません)。

2 めぇ社長   16千点   3 ポーカー侍さん   26千点
5 TAIPA    34千点   6 tagamanさん    52千点
7 NOBUさん  17千点   8 Mr.ダグラス    70千点

休憩時間に、Lupinさんが激励してくれる。本当に仲間というのはうれしいものである。ただ、延々と続く消耗戦でかなり神経は磨り減ってきた。ここからブラインドは6000-12000。ボタンとブラインド以外行かないと決めていたのだが、KQoとか66とか微妙な手が来る。行くべきか、がまんすべきか、頭に血が上り、肩に力が入る。そのとき、「チョイ、チョイ、チョイ!」楽しげな声がカシノ中に響き渡る。バカラ卓のあけみんである。亭主が私の隣で悩んでいるというのに、気楽なものである。「チョイじゃねぇよ」とつぶやいたのは私。肩の力が抜けて、フォールドである。

これが良かったのか、チップ量は22,000点まで一時減ったものの、先にNOBUさんがゲームオーバーとなった。イン・ザ・マネー確定である。ここからは楽に行ける、と思っていたらゲームが急に動き出した。ポーカー侍さんのオールインにtagamanコール。AKvsA3の絶対不利の状況から、3をキャッチしてtagamanがついに侍斬りを果たした。時ならぬ拍手歓声。現地の方々は何でみんな騒いでいるのか分からなかったはずである。

ほとんど間をおかず、めぇ社長のオールイン。この大会ですでに5回、めぇさんを沈め損ねている私なのでフォールド。しばらく考えていたMr.ダグラスが” I can do it.”とtagamanに話しかけながらコール。幾多のピンチをしのいできためぇさんだったが、チップリーダーであり体重がおそらく3倍はあると思われるMr.ダグラスの体力に押し切られて惜しくも4位でのゲームオーバー。

3位以内に入ったら指輪の約束だというMrs.ダグラスは大喜び。いよいよ、トーナメントは大団円を迎えつつあった。



#5 勝った!!!

北マリアナ連邦テニアン島におけるテキサス・ホールデム・ポーカー・チャンピオンシップ、2日間の戦いはいよいよ大詰めを迎えていた。41人の参加者の中で、ここまで勝ち残っているのは3名、私TAIPA、岡山のカジ恋夫妻の夫で自由人tagaman、現地からただ一人決勝テーブルに残り、さらにここまで勝ち上がってきたMr.ダグラスである。イン・ザ・マネー直前で延べ3ラウンドにわたり30分以上の戦いが続いたのだが、ここからの展開は速かった。

まず、私がボタン、tagamanがSB、Mr.ダグラスがBBの時、私がメイク40000のレイズをした。この時点でブラインドは6000-12000。総チップ数が215,000のうち、私が若干リードだがほとんど10000点くらいの差しかない。tagaman、Mr.ダグラスともフォールドで、18000点のスチールに成功、この時点で持ちチップは100,000点を初めて超えた。ほぼ半分のシェアである。ここまで来たら、負ける訳にはいかない、と思った。

次は私がBB、tagamanボタン、Mr.ダグラスのSBである。tagamanは少考して、オールイン。Mr.ダグラス迷うことなくフォールド、私の番で、手札はA2oである。ほとんどノータイムでコール。ここで考えたのは、仮にこの手で負けてもまだ勝負できるくらいのチップは残るし、勝てば完全に優勢である。おまけにAがあるのだから行くしかない。一方tagamanの手はなんと34sである。

それでも、その直前に「侍斬り」を果たしているtagamanは十分に恐ろしかったし、実際ストレートで逆転の目もあったのだが、辛くも残してtagamanのチップを吸収。持ちチップは15万点を超え、Mr.ダグラスとの差は3倍以上となった。

いよいよヘッズアップ。手元のチップも整理し終わらないうちに次のカードが配られた。前回私がBBだったので、次はMr.ダグラスのBB、私のSBである。手をみると、Q9o。迷わず、オールインである。ここは流れ的に、行くしかない。もっと低いハンドでも行ったと思う。Mr.ダグラスは長考。何度も手元のカードを見直している。コールすれば勝負となる。フォールドしたら4倍以上の差がつく。結局、コール。いよいよ最終決戦である。

Mr.ダグラスの手はK5。ならば私のも十分勝負になる手である。フロップが開かれると、なんとQヒットである。ターンでもKは出ない。リバーでKが出なければ私の勝ち。それでも、「nine!」と呼び込んだ。9ではなかったが、Kでもなかった。優勝である。3人になってから、実質3手の勝負であった。

この場をお借りして応援していただいた方々や、京都や浅草橋で、あるいはネット上で鍛えてくださった方々、テニアンでご一緒した方々にお礼を申し上げたいと思います。どうもありがとうございました!

[Sep 10, 2005]






テニアンチャンプの証

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